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Leaders’ compass 〜リーダーたちの羅針盤〜 #01

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Creative2 Leaders' compass 新日本プロレス 棚橋弘至

■新日本プロレス・棚橋弘至×Creative2・清水友博による「トップ対談」後編

 活躍する業界は違えど、志を同じくするリーダー同士が語り合う「Leaders’ compass 〜リーダーたちの羅針盤〜」。第1回は“100年に一人の逸材”と呼ばれ、絶対的エースとしてリングで活躍した新日本プロレスリング株式会社の棚橋弘至社長をゲストに迎え、Creative2・清水友博代表と未来について語り合います。
【前編はこちらから】

■AIの時代に再認識する“ライブ”の価値

—— 時代は今、AIの活用が当たり前となる中で、人と人との触れ合いや、プロレスを会場で観戦するライブ感もまた、その価値を再認識されてきたように思います。

棚橋:そうですね。先日、国立競技場にサッカーを見に行ってきたんですけど、4万人の観客が入ったスタジアムで楽しむライブ感は普遍だなと。便利になる部分はAIを上手く活かしながら、AIでは味わえないライブの部分はずっと残っていくと思います。

清水:まさにメディアも転換期を迎えているところですね。社員ともよく話すんですが、この10年くらい情報の重要性が失われた時期があった。SNSが発達して誰でも情報が取れるようになって、メディアもSNSを元にした「こたつ記事」を出すようになり、さらにAIが登場して。その中で、生で取る一次情報、まさに試合を見に行ってそこでしか得られない情報や感じられないことに、改めて価値が生まれているんですよね。しっかり取材をする。プロレスを生で見る。こういうことが持つ価値は、この先も絶対に変わらないと思います。

棚橋:「情報」といえば、僕は新日本の公式スマホサイトで社長日記「棚橋弘至の晴れのち晴れ」を書いたり、他のコラムを書いたりする時は、目にした人が読んで何かを得た、何か自分のためになったと思える情報を必ず入れるようにしています。ただ情報を伝えるだけではなく、僕はこう考えて、こんな気づきがあったという部分は、人間にしか書けないことだと思うんですよね。

清水:さすが、新聞記者志望だっただけに、文章を書くのがお好きなんですね。

棚橋:最初は苦手だったんですけど、2000年代前半からプロレス・格闘技専門媒体で毎週日記を書くようになって、現在の社長日記まで20年近くずっと書いてきたので、好きになりましたね。その他、雑誌やウェブ媒体でも執筆させていただく機会が増えました。僕はブーイングされていた時期も結構あったので、文章で伝えることで僕のやりたいプロレスへの思いを伝えることができたんです。書くことで自分が救われていた、というか。

—— 今の時代、例えばプロレスラーであればSNSから個人で発信する方法がある一方、取材をする記者が発信する方法もあります。棚橋さんは使い分けなどしていましたか?

棚橋:僕はしています。実は新日本でも一度、選手を対象にSNS講習をしたんです。Instagramは写真がメインなのでいいんですけど、特にXは情報発信のみに使ってくださいと。個人の思いは、勝ってうれしい、負けて悔しいですら、基本的には僕はいらないと思っています。

清水:なるほど。

棚橋:Xの使い方は僕がピカイチ上手です(笑)。どこに行って何を食べたとか、今度こんなTシャツが出ますとか、見た人が何も感情をぶらさずに受け取れる情報ですよね。逆に、感情が関わる部分は、第三者となる記者の目を通して書いてもらった方がいい。Xで闇落ちしたような投稿をするのも人間味としてAIではない証明になるかもしれませんが、まあいりませんよね(笑)。

「Xの使い方は僕がピカイチ上手です(笑)」と語る棚橋社長

■社長になり「今までの倍、頑張らないと」も減らなかった情熱

—— 社長専任となって9か月が経ちましたが、周りからの対応や関係性に変化はありましたか?

棚橋:永田(裕志)さんに僕、ずっと「マッチョさん」って呼ばれていたんですけど、今は「社長」になりました(笑)。「よう! 社長!」って(笑)。清水さんはありますか?

清水:自分は特に変わってないかなと思います。弊社も自分より先輩の記者や、記者時代に現場でとてもお世話になった人がいるんですよ。普通に「清水」と呼ばれるし、若手社員がいる前では一応「社長」と呼ばれたり。でも、気が抜けると「こいつがさ」と言われたり(笑)。

棚橋:でも、その方が関係性的には楽ですよね。普段、やっぱり社長の鎧を着てますから。気心知れた先輩とか、昔からの仲間の存在はホッとする。

—— 以前、メジャーリーグの監督が「監督は孤独だ」と仰っていたことがあります。大きな決断に迫られたり、会社の命運を背負ったり、社長もやはり孤独を感じることはありますか?

棚橋:僕は現役選手時代、「エース」と言ってやってきたので、仲間もいましたが、絶対的にジェラシーの対象なんですよ。みんながライバルなので、そこで孤独には慣れました。

清水:自分は正直、最初の1年くらいは結構、孤独を感じることはありました。会社のために言わなければいけないことと、社員のやりたいことがズレているケースがあって。基本的には、やはり全ての社員にうちの会社に来て良かったと思ってもらいたい。そのために必要なことと、実際に社員がやりたいことが違う時は、やってもらわなければいけない。ここで乖離があると、それを相談できる人もあまりいなかったので、ちょっと苦しさみたいなものがありました。でも、2年目からあまり感じなくなったことに加えて、相談できる人には相談することにしたんです。「これは社員には言えない」みたいな壁を作っていたんですけど、結局は無駄な自分のプライドなんですよね。

棚橋:そうなんですね。僕は1人でいることに対しての耐性はめちゃくちゃ強いですが、反面、現役選手時代は人に頼ることができなかった。それでも会社のことは何もわからないから、それぞれ専門家に頼るしかなくて。なんか上手くできてますね(笑)。

清水:社長になると、自分でやらなければいけないことに対する責任が増え、責任の範囲も広がりますよね。

棚橋:そうですね。まず、会社の売上が数字として出てくるので、マイナスが出たら責任が生じます。プロレスラーの時はその数字を知らないので、会場が満員になってグッズが売り切れていたら、「今、プロレスの調子がいいんだろうな」と想像するだけでした。今はしっかり数字が届くので、経費掛かってんなーって(笑)。

清水:自分は会社の全部が見えるようになり、自分が決められるようになって、大分楽になりました。全部の情報を持っていない中で決断に迫られる場面に比べ、全部を知ると断然決断しやすくなりました。

棚橋:僕は現役選手時代、所属レスラーとその家族まで全員を食わせることがチャンピオン、エースの役目だと思ってやってきました。その脳内での覚悟が、社長になった時に、レスラーとその家族、そして社員とその家族までと倍になった。「これは今までの倍、頑張らないと」と思いましたが、情熱は全然減りませんでした。

—— 表舞台だけではなく、舞台裏で支える人たちにまで目がいくようになったんですね。

棚橋:はい。プロレスラーの目線だけではなく、社内のどの部署がどう動いて興行が成り立ってのかも全部理解できました。どの部署の誰が欠けても、やっぱり新日本プロレスは成り立っていかない。プロレスラー、社員への感謝の気持ちがより強くなりました。……いいこと言う!(笑)

清水:棚橋さんの繰り返しになりますが、やっぱり会社にいる人たち全員がいて、それぞれがそれぞれの仕事をしてくれているから今、うちの会社が動いていることは間違いない。さらに、社員にこの会社で働けて幸せだと思ってもらえたらなお良しなんですけど、当然不満を抱えている人はいると思うんですよね。その人たちがどうしたら幸せを感じてくれるのか。そこを日々考えています。

棚橋:少し話は逸れるかもしれませんが、僕は自分のできないことができる人を全員、尊敬の対象として見ることができるんですね。その人にしかできないことがある。互いが互いをリスペクトできたら、これは猪木さんの言っていた「世界平和」につながるんですよ。

清水:確かに。でも、自分のできないことができる人を全員、尊敬の対象として見ることって、簡単なようでいて、実はできる人はあまり多くないと思います。

棚橋:立場や状況にもよりますよね。同じ部署にライバルがいるとかだったら、話は少し違うかもしれないし(笑)。

棚橋「(新日本は)早い段階で凄い時代が来るっていう、明るい未来は描けています」

■「何か新しい価値観をぶち込んでくれる、レスラーが出てきたら…」

—— 棚橋さんはこれからの新日本プロレス、あるいはプロレス界全体に対し、どのようなビジョンをお持ちですか。

棚橋:僕は「想像力」がとても大事だと思っています。入門後に主力選手がどんどん抜けていった厳しい時代から、ずっと「東京ドームを超満員にするのが夢だ」と言い続けてきました。その超満員にするためには、現在の自分は何をすべきなのか。例えば、面白い試合をするとか、もっとプロモーションでファンを増やすとか、今やるべきことが見えてくるんですね。だから、まず選手と社員に大きな目標を持ってほしいと思っています。そこから今できることを積み上げて、何年後かに目標を達成する。実際、僕は引退試合で東京ドームを超満員にしましたから。

清水:チケットが入手困難だと話題になっていましたよね。

棚橋:もう少し早く満員にしたかったんですけど、ギリギリ間に合いました(笑)。1998年の猪木さん引退試合以来、28年ぶりの超満員だったんです。猪木さんの次に僕が達成できて良かったと思うし、僕は猪木さんの引退試合をファンとして見に行って、超満員の景色を1回見ていたのでイメージが描きやすかった。だから、今の現役選手たちに同じ景色を見せられたことで、モチベーションや財産になると思うんです。最後にいい仕事をしたなと(笑)。

清水:社長としてはどんなビジョンをお持ちですか?

棚橋:そうですね、棚橋に続く、何か新しい価値観をぶち込んでくれる、プロレスラーが出てきたらうれしいですね。今あるものを着実に伸ばすこともいいんですけど、「そっちから来たか!」と驚かせてくれるような100年に一人の逸材がもう1人出てきてくれたら……。あれ? もう1人現れたら、僕は50年に一人になっちゃうのか?(笑)

清水:今、そういう兆しはあるんですか?

棚橋:いや、もうみんな僕を超えるポテンシャルを持っている。しかも、それが同時に10人以上揃っているっていう、とんでもない時代が新日本にはやってきますね。

清水:楽しみですね。

棚橋:いやー、本当楽しみです。以前は「新日本が盛り上がって来たから見に行きたい」と思ってから、実際に会場へ見に行くまでに3年ほどタイムラグがあって。僕は「3年後理論」と呼んで、3年後のための種まき、プロモーションだと思ってやっていたんですけど、今はもう3年掛からない。本当に新日本プロレスのリングが充実して面白しいと伝われば、もっと早い段階で凄い時代が来るっていう、良いイメージを持ってますね。明るい未来は描けています。

清水:自分は、細かなテクニカルな話で言うと、サブスク事業をスケールさせるとか、タイアップ件数を増やすとかありますが、一番大きいのは我々のメディアやサービスが、社会に必要なものになっていく。要するに、我々の会社があると人々が幸せな毎日を送れて、社会課題が解決していくとなれば、会社は永久に続いていくと思うんです。それが実現できれば、そんな会社で働いている社員がより誇りを持って働いたり、やり甲斐を持って働いたりすることにつながる。何よりまず社員がうちの会社のファンであることが重要だと思うので、そういう会社にしていきたいですね。

棚橋:なるほど。新日本プロレスの場合、大会を見て会場から出ていくファンの方々の表情を見ると、やっぱり良いんですよね。笑顔であったり、応援している選手が頑張ったから僕も勉強を頑張ろう、仕事を頑張ろう、明日頑張ろうっていう。僕は新日本プロレスの会場をパワースポットにしたいんですよね。

清水:パワースポット、いいですね!

棚橋:ファンの声援で選手が頑張り、選手の頑張りからファンが活力をもらう、このファンとプロレスラーのエネルギーの交換が生まれるパワースポットです。そのエネルギーを浴びて元気になって家に帰ってほしい。新日本プロレスって、実はエネルギーを売っている会社なんじゃないかとも思っています。プロレスが面白いから来てくださいではなく、エネルギーチャージに来て下さいって(笑)。

清水:面白いですね! 互いに協力できることがあれば、ぜひ仰ってください。

棚橋:何か面白いものを生み出せそうですね。これからも宜しくお願いします!

【前編はこちらから】

棚橋弘至
1976年生まれ、岐阜県出身。立命館大学卒業後、1999年に新日本プロレスへ入門。「100年に一人の逸材」としてIWGPヘビー級王座など数々のタイトルを獲得し、エースとして団体を牽引。平成プロレス再ブレイクの最前線で活躍した。2023年12月に同社の代表取締役社長へ就任し、2026年1月に東京ドームで現役を引退。現在は経営者として新日本プロレスを躍進に導いている。

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